■Love me! -06-




 ある休日のことだった。
 朝、気がつくと隣にあるはずの天蓬の体温がない。どうしたのだろうと思って目を開けると、天蓬はこちらに背を向けてベッドに座っていた。

「――おい、天蓬?」

 呼びかけると、天蓬が振り返った。

「捲簾。どうして僕を抱いてくれないのか教えてください」

 天蓬のいつになく真剣な眼差しが俺を射る。思わず気圧された。これは下手なことは答えられない雰囲気だ。こうやって真面目な顔をしている天蓬はとても綺麗だとは思うが、いや、今はそういうことじゃなくて。
 天蓬がベッドに手をついてそちらに体重をかけると、ギシ、と軽くマットレスが沈み込む音がした。少し首を傾げて、何かを決意した瞳でこちらをじっと覗き込んでいる。

「返事によっては、僕もうここを出ていきます」
「えっ」

 瞬間、俺の脳裏に過ぎるのは、誰にも顧みられずゴミ捨て場で朽ちていく天蓬の姿――それだけは駄目だ。そう反射的に思った。
 今、天蓬は寂しげに俯いていて、人間だったらたぶん涙くらい流しているだろう。ぼろぼろと涙を零されるよりもそちらの方が痛々しく思えて、見ていて辛い。

「だって、使ってもらえないなんてモノとしての存在意義がありませんよ……」
「ちょ、ちょっと待て」

 ええと、これにはどう答えたらいいんだ? 俺は体を起こし、とりあえず煙草に火を点けて頭を覚醒させることにした。煙を肺いっぱいに吸い込むと、それを吐き出す。途端に頭が回転を始めるようだった。

「――……あのな、俺はもうお前をモノとして見てないんだよ」
「え?」

 天蓬がきょとんとして俺の顔を見る。俺はもう言うしかないと覚悟して、頭を掻きながら続けた。

「たぶん、もう……お前が動き始めたあの日から、だな。
 お前は自分の言いたいことを言うし、やりたいことをするし。人間にしか見えない」
「人間……ですか」
「だから俺はお前を、モノじゃなくて一人の人間として扱いたい。
 そんで人間とセックスするとなったら……まあその、なんだ。普通はその前に色々とお付き合いってのがあるもんだろ」

 分かるか? と天蓬に聞く。
 さすがにこれじゃ、問題を先延ばしにしているだけのような気がしないでもない。でも今の俺に言えるのはこれくらいだ。とにかく時間が欲しい。その時間だけでも稼げたら、と思う。とにかく、もう天蓬のいない生活は俺にとって寂しいものになるだろうから。
 天蓬は俯いて自分を抱きしめるように体に腕を回し、俯いて肩を微かに震わせ始めた。

「お、おい、天蓬?」

 慌てて天蓬に手を伸ばそうとして、嫌がられるかもしれないと思って手を引っ込める。

「……嬉しいんです……捲簾が僕のこと大事に思ってくれてるんだなって。だけど、なんだか胸の奥が苦しくて……」

 それを聞いて、俺は煙草を灰皿に押し付けると天蓬を引き寄せて胸に抱いた。天蓬は相変わらず不思議な体温で温かかった。

「じゃあ、もう出ていくとか言わないよな?」
「はい」

 天蓬は俺の顔を見て微笑んだ。それを見て俺はついでに続ける。

「無理矢理セックスに持ち込もうともしないな?」
「えー……でも僕が捲簾とセックスしたいのには変わりありませんし……」
「それは分かってる。でも人間同士のセックスは双方の合意があってのものなんだよ、大体は」

 天蓬は少し黙って眼鏡の奥で考え込んでいるようだった。やっぱりこうして真面目な顔をしている時の天蓬は、とても綺麗だ。いつまでも見ていたい気もするけれど、ずっと悩ませておくのも可哀想だし――そうだ。
 俺はふと思いついて、天蓬を離してベッドを抜け出すとクローゼットを漁った。

「捲簾?」
「ちょうどいいや。お前の服それだけじゃ洗濯するのにも大変だし、今日は一緒にお前の服買いに行こうぜ」
「でも、僕が外なんかに出たらドールだってバレちゃうんじゃ」
「ヘーキヘーキ。フードの付いた服とか着てれば分からないって」

 俺はフード付きのコートを見つけたので、それを天蓬に着せてやる。フードを目深にかぶっていればどう見てもその辺にいる人間と変わらない。

「じゃあ俺、顔洗って支度するから。ちょっと待ってろよ」
「はい」

 天蓬が嬉しそうに笑うのを見てから洗面所へ向かう。
 そして歯を磨いている最中に天蓬が寝室から声を投げてきた。

「ねえ捲簾、これって『デート』ってやつですかー?」

 俺は目の前の鏡に向かって歯磨き粉を吹き出した。




( ゚∀゚)o彡° 初デート!初デート!
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