■欠けていくパレード ※カニバリズム(食人)注意。 悟空たちは今三人で旅をしている。悟空と悟浄と八戒と。 いや、三人というのは正しくないかもしれない。 三蔵は悟空の中にいるのだから。少なくとも彼らの中ではそういう認識だった。 「いやぁしかし、こうしていると昔を思い出しますねえ」 八戒が昔と変わらない笑みを湛えてジープのハンドルを握っている。顔にはやや皺が出来てそれが八戒の柔和さを助長させているように見える。 「本当だよなぁ、まさかこの歳になってもこんな旅をすることになるなんざ思わねえよ」 後部座席で悟浄が煙草を吹かしつつ笑っている。長かった赤い髪はバッサリと切られ、彼も八戒と同様に目尻などに皺が出来ていた。 「おい悟空。三蔵の肺、ヤニで真っ黒だっただろ」 「んー?」 悟浄の隣で悟空が銜えたマルボロを指に挟んで、口から離すと煙を吐く。まだ最近覚えた仕草なので何分ぎこちないところがあった。だが精悍な横顔には煙草がよく似合っている。 「夢中だったからよく覚えてないや」 悟空はそう言いながら八戒の隣、空のままの助手席を見つめて自分の腹を撫でた。この中に三蔵がいるのだと思うだけで幸せな気分だった。 一度は旅を終えて平穏な生活に戻った三人がなぜこんな旅をすることになったのか。 理由は至極簡単。悟空が桃源郷内に指名手配されたのだ。第三十一代目唐亜玄奘三蔵を食った妖怪として。 四人は旅を終えた後、元の街に戻った。それぞれ以前とほぼ変わらない生活を十数年ほど送っていたが、やがて三蔵が不治の病にかかり床に伏せった。三蔵の元を離れて飲食店で働いていた悟空は店から暇をもらってつきっきりで三蔵の看病をすることにした。 だが三蔵はいよいよ危篤状態に陥った。それをもう助からないと思った悟空が食べたのだ。 「大丈夫だよ、三蔵。俺が骨まで残さず全部食べてやるから。 だから死んでからも、ずーっと一緒だからな」 腸を食われながら痙攣する三蔵の目が虚ろに開き、動くはずのない腕が持ち上がって自分の胸に血まみれで顔を寄せてくる悟空の背を撫でた。悟空は恍惚とした笑みを浮かべ、三蔵の不規則に脈打つ心臓を噛み抜いた。 「三蔵……すっごくおいしいよ」 たぶんそれが三蔵が最期に見た光景だと悟空は思っている。 その後、三蔵が危篤だと聞いた悟浄と八戒が三蔵の元へ駆けつけた時には血まみれの空の布団と、同じく血まみれになった悟空がそこにいた。 「三蔵は、俺が食べたよ」 悟空のその告白も二人は動じることなく受け入れた。 「じゃあお葬式とかの手間省けましたね」 「墓石も線香もいらねーな。 ――あ、でも寺院の坊主たちにはどう説明すんだよ」 「あっ」 「テメェ何も考えてなかったな?」 「ここにいちゃまずいですよ、とにかく僕らの家へ!」 そうして取るものもとりあえず街を飛び出すことになったのだ。 ジープのカーステレオから懐かしい曲が流れてきて、悟空は意識を引き戻される。 悟浄もそれに気付いて、運転席の方へと少し身を乗り出す。 「おっ、これ三蔵が好きだった曲じゃねーの」 「懐かしいですねぇ、カラオケで大熱唱でしたよね」 「おい悟空、歌えよ」 「えー?」 悟空は携帯灰皿に煙草を押し付けると、調子っぱずれの声で歌い始めた。 「ヘッタクソだなー」 「じゃあ悟浄歌えよ!」 「やーだねー」 昔と同じようなやりとりに八戒はくすくすと笑いを漏らす。 「ねえ悟浄、僕らも先に死にそうになった方を食べるようにしますか」 「悪かねえ案だけど、この歳でお前の真っ黒い腸は胃にもたれるわ」 「何か言いました?」 「スミマセン」 「あー、じゃあ俺と一緒に食べようぜ」 「悟空が一緒に食べてくれるのなら安心ですね」 「じゃーそういうことでひとつヨロシクな」 ジープは冗談と笑い声を乗せて荒野を走り続ける。 それはさながら、欠けていくパレード。 |